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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3329号 判決

原告 林田重五郎

右訴訟代理人弁護士 和田栄重

被告 真鍋金次郎

右訴訟代理人弁護士 里見弘

主文

一、被告は、原告に対し、

(一)  別紙目録記載の家屋を明渡し、

(二)  金三四、一九二円と昭和三七年七月二七日から右明渡済に至るまで一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による、金員を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

三、この判決は、原告が、家屋明渡の部分については金六〇、〇〇〇円、金員支払の部分については金一〇、〇〇〇円各相当の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、(一) 原告主張の頃(註昭和三二年一〇月頃)、被告が、原告から同人所有の本件家屋を、賃料一ヶ月金五、〇〇〇円、毎月末払の約旨で敷金三〇、〇〇〇円を支払って、賃借したことは、当事者間に争がなく、

(二) ≪証拠省略≫および原告本人尋問の結果を総合すれば、

原告は、昭和三二年九月頃、被告から本件家屋賃借の依頼を受けたが、当時原告は、朝日新聞大阪本社の社会部長の職にあり、同社の社宅に居住していたものの、社会部長をやめれば、直ちに社宅を出て本件家屋に移らなければならないので、被告の頼みを一応は断ったこと。

ところが、被告は、そのときは大阪市北区堂山町にある被告の事務所に移ることもできれば、また当時被告が間借りしていた中戸治子の処へ戻ってもよく、一五日位の猶予期間さえあれば、何時でも明渡すからと懇請するので、原告もこれを容れて、前記の如き当事者間に争のない賃借条件のほか、賃料は持参払とする、原告が、社会部長をやめ、社宅を出なければならなくなったときは、一五日間の猶予期間をおいて必ず明渡す、等の約定で本件家屋を被告に賃貸するに至ったものであること、

を認めることができ、≪証拠認否省略≫

二、そこでまず、原告主張の解除原因のうち、無催告解除の主張について考えてみるに、原告は本件賃貸借には、被告が賃料の支払を一回でも怠ったときは、催告を要せず、即時賃貸借を解除し得る旨の特約があるとして、これを理由に原告主張の如き本件賃貸借の解除を主張する。

しかし、なるほど、≪証拠省略≫の家屋賃借契約証書には、右特約と同旨の条項があるが、証人宮川聡子、≪中略≫の各証言ならびに原、被告(但し前後記各措信しない部分を除く)各本人尋問の結果によれば、本件賃貸借においては、被告が賃料を遅滞した場合のことについては、当事者間に、格別何らの取り決めもなされておらず、ただ後日被告から差入れた前記契約証書の印刷文字の条項中に、前記の如き無催告解除をうたった一項が存在していると言うだけのことであったことが認められ、このような場合、前記契約証書に右のような条項が存在していると言う一事のみをもって、直ちに、本件賃貸借の当事者間に、原告主張の如き無催告解除の特約が結ばれたとするのは、いささか早計に過ぎるものと言うべく、したがって右特約の存在につき他に何らの証拠もない本件においては、この無催告解除の特約の存在を前提とする原告の主張は、たやすくこれを容れるわけにはいかない。

三、そこで次に、原告の言う催告付解除の主張について検討する。

(一)  ≪証拠省略≫および原告本人尋問の結果を総合すれば、

被告は、前認定のように、たっての頼みで、本件家屋を賃借しておきながら、約定どおり賃料を支払ったのは最初の一年位で、その後はしばしば支払を怠り、昭和三六年四月末頃になってやっと同三五年一一月分から同三六年四月分までの延滞賃料を送金してきたが、その後の分は、翌年の三月になっても一向にその支払をしなかったこと。

そこで原告は、被告に電話したり、直接訪ねたりして、何度も昭和三六年五月分以降の賃料を催告したが、被告は同三七年四月、同月の一〇日に右延滞賃料全額を支払う旨を約束しながら、原告が約束の一〇日に被告宅を訪ねると被告は出張中で不在と称し、被告の妻から金がないから払えないと断られる始末であったこと。

しかし、原告は、その後も幾たびとなく催告を重ねたところ、同年五月中旬、被告の妻は、同月二二日頃には、昭和三六年五月分からの延滞賃料全額を支払う旨を確約したが、約束の五月二二日には昭和三六年五、六月の二月分金一〇、〇〇〇円を送ってきたのみで、その余の支払はなかったこと。

しかし、その際残りは、同月二四日に送金する旨の被告発信人名義の電報がきたので、原告は同日まで待ってみたが、やはりその支払はなかったこと。

そこで原告は、念のため翌二五日とその翌日の二六日の二回にわたって、被告を訪ね、若し上記延滞賃料の支払がない場合は、本件賃貸借を解除する旨を述べて催告を重ねたが、その後も依然として支払がなかったので、原告は、やむなく、昭和三七年七月二六日被告着の内容証明郵便で、本件賃貸借契約解除の意思表示をした(この点は当事者間にも争がない。)ものであること。

を認めることができ、≪証拠認否省略≫

(二)  そして以上の如き認定事実によれば、被告は幾たびとなく賃料の支払を怠り、その都度原告の督促を受けてはその一部を支払い、昭和三七年五月二二日頃に、ようやく同三六年六月分までの賃料を支払い終ったような始末であったが、同年七月分以降は、同三七年五月二五、二六日の両日にわたってなされた原告の重ねての催告にもかかわらず、ついにその支払をしなかったので、原告は右催告から丸二ヶ月を経過した同年七月二六日被告着の内容証明郵便で本件賃貸借を解除したものであることが明らかで、もとより催告に相当期間を明示すべきことは異論のないところではあるが、相当期間の明示なくしてなされた催告必ずしも無効とは言えず、催告と解除との間に相当の期間さえ経過しておれば、右催告もまた有効と解すべきであるから、本件賃貸借は、原告主張の如く、昭和三七年七月二六日限り有効に解除されるに至ったものと解するのを相当とする。

被告は、原告の解除通知被告着と同時に昭和三六年七月分以降の延滞賃料全額金六〇、〇〇〇円を原告に送金したが、これは催告期間内の弁済とみるべきであるから、被告に履行遅滞はない旨主張するけれども、前認定の如き賃貸借契約解除後の送金が、催告期間内における弁済と同視さるべきいわれは、ごう(毫)もないから、被告の右主張は、主張それ自体失当と言わなければならない。

四、よって次に、被告主張の各抗弁について判断する。

(一)  被告はまず、賃料の取立払の約定であったのに、取立はなく、仮にそうでないとしても、原告の住所が不明であったため、賃料の支払ができなかったまでで、それは被告の故意過失によるものではない旨主張する。

しかし、本件賃貸借の賃料が持参払の約定であったことは、前認定のとおりであるし、また被告の賃料債務の遅滞が、原告の住所不明によるものであったことは、本件の全証拠によるも、これを認めるに足りず、却って証人林田信子の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告の転居先は、転宅の都度被告に通知されていたことが明らかであるから、被告の右抗弁は、到底これを容れることができない。

(二)  さらに被告は、原告の前記解除通知被告着と同時に、それまでの延滞賃料全額金六〇、〇〇〇円を現金送金したのに、原告は勝手に受領を拒否しておいて、本件賃貸借の解除を主張するのは、解除権の濫用であると抗弁し、なるほど、被告が被告主張の頃、主張の金員を原告に現金送金し、原告がその受領を拒否したことは、原告の認めて争わないところでもある。

しかし、前記認定のように、被告は、たっての頼みで、原告が朝日新聞の社会部長をやめ、その社宅を出なければならなくなったときは、一五日の猶予期間内に必ず明渡す約定のもとに、本件家屋を借り受けておきながら、証人宮川聡子、同林田信子の各証言ならびに原告本人尋問の結果によって明らかなように、昭和三五年一月原告が前記社会部長をやめ、その社宅を出なければならなくなって、被告に本件家屋の明渡を求めても、言を左右にしてこれに応じなかったばかりか、(証人真鍋美枝子、被告本人の各供述中右認定に反する部分は措信しない。)賃料の支払についても前段認定の如く、まことに不誠意も甚だしく、原告のたび重なる催告にもかかわらず、絶えず遅滞を続け、延滞一年分にもおよんでおきながら、このような被告の不信義の故に、やむなく本件解除におよんだ原告に対し、それがたとい解除通知後折返えしなされた延滞賃料全額の送金ではあったにしても、この一事のみを理由に、原告の右解除を解除権の濫用と主張するが如きは、あまりにも身勝手にすぎたるものと言うべく、このような被告の態度こそ解除権の濫用を濫用するものとも言ってよく、被告の右抗弁は到底容認さるべき筋合のものではない。

五、以上説示の次第であってみれば、本件賃貸借の前記解除を理由に、被告に対し、本件家屋の明渡と昭和三六年七月一日から同三七年七月二六日本件賃貸借解除までの一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による延滞賃料合計金六四、一九三円から上記敷金三〇、〇〇〇円を差引いた残金三四、一九三円のうち金三四、一九二円ならびに同年同月二七日から本件家屋明渡済に至るまで一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める原告の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく、理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担ならびに仮執行の宣言につき民事訴訟法第八九条、第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島崎三郎)

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